マクシミリアン皇子がブラジルの密林へ行った時、そこで2つの大きなダイヤモンドを購入しました。
ひとつは緑を帯びた黄色の50カラットのダイヤモンドの原石でマクシミリアンダイヤモンドと呼ばれるようになる石でした。もうひとつは後にエンペラー・マクシミリアンと呼ばれた強いブルーの蛍光性を持ったダイヤモンドでした。
1863年、ナポレオン3世がメキシコを征服し、この際にメキシコ皇帝に選ばれたマクシミリアン皇子は妻のカルロッタとメキシコに向かいメキシコ皇帝の座につきました。
しかし国民のほとんどが反対しており、フランス軍は壊滅状態となりました。
マクシミリアンが時間稼ぎしている間に妻のカルロッタはヨーロッパへ戻り援軍を求めましたが、どこの国からも援助を受ける事が出来ず、更には精神病となり死ぬまでメキシコに戻る事はありませんでした。
1867年、フランス軍がメキシコから撤退しマクシミリアンは捕らえられ銃殺されます。その時、彼の首にはこのエンペラー・マクシミリアン・ダイヤモンドと呼ばれるダイヤの入った袋が下げられていたといいます。
エンペラー・マクシミリアンは妻のカルロッタに送られましたが、カルロッタは生活の為に売却しました。
1919年にはシカゴのフェルナンド・ボッツが入手し、1934年のシカゴ万国博覧会で展示しました。ボッツの死後、一度は無名のコレクターが購入しましたが、1982年4月にロンドンの宝石商であるローレンス・グラフが、ニューヨークの有名なオークションであるクリスティーズで落札しました。 |